2008年2月28日木曜日

英国の医学雑誌

英国の医学雑誌の二大巨頭はランセット(Lancet)とBMJ (British Medical Journal)である。世界の中で総合医学学術雑誌でもっとも質の高いとされている4つの雑誌の半分を占める。ちなみに後の二つはNew England Journal of Medicine、JAMA: Journal of American Medical Associationである。米国と英国から二誌づつとなっている。

ランセットはBMJよりも質が高いとされているが、逆に学問的過ぎてあまり英国の一般読者は読まない。すなわち、ランセットは専門誌、BMJは一般誌なのである。もちろん、どちらの雑誌も質の高い医学研究を掲載するが、読者が飛びつくような内容に偏るという点は否めない。これまた当然だが、この二つとも国際雑誌であるとはいえ、英国国内での話題が優先される傾向もある。

1823年に発行されたランセットだが、最近は国民の強い非難にさらされたこともあった。その一つは新三種混合ワクチン(MMR)と自閉症に関しての研究の掲載に関してである。

事件は1998年に掲載されたウェイクフィールド医師という以前お話した王立フリー病院で働く小児科医の論文が発端である。ウェイクフィールドは論文の中で、MMRのワクチンを受けたことと自閉症の発症が関係あると結論付けた。

英国のマスコミはランセットやBMJの記事には注意をいつも払っているので、この研究は瞬く間に新聞やインターネットの記事を通して取り上げられ、国のMMRの接種率が下がってしまったのである。(図)



これは一大事である。MMRに含まれる麻疹という病気は重篤な病気で、途上国では子供達が亡くなっていく大きな原因となっている。ちなみに日本は医療のレベルが高いため、麻疹で亡くなるこども達の数は少ないが、麻疹にかかる子供の数は多く、「麻疹輸出国」として他の国から迷惑がられている。ワクチンにはひとり一人の子供達を守るというためということもあるが、麻疹は感染率が高いため、接種率を高めることで国全体を守るという理由が大きい。(集団で集団を守るので、接種率を上げることはひとり一人の子供を守る以上の効果でみんなを守ることが出来る。)という訳で、接種率が下がれば、こども達の危機である。

それでもワクチンと自閉症の発症が関係があるかもしれないと言われると、親として接種に躊躇するのは当然である。

その後、そのランセットの論文を見た臨床医や疫学研究者、新聞記者たちが、本当に関係があるのかちゃんと確かめようと、努力が払われた。その中で、例の研究で使われた方法があまりずさんで、ランセットの編集者はそれを知りながら、論文に注目が集まるであろうことを重視して掲載したことが分かった。

ちなみにそれ以降なされた数多くのしっかりした方法で行われた研究で、この関係(MMRと自閉症)は否定されている。今年の10月にはそれまでなされた研究を集めて検討する論文が発行され、これで一件落着と言ったところであろうか。(この研究でも関係は否定されている。)

ランセットの名誉のために言っておくが、こういう経過を経て今ではしっかりした編集方針が敷かれていると聞いておく。それでも、一般的に言ってランセットが質の高い医学研究を掲載してきたのも事実である。ほんの少数の人たちのために名誉に傷がついたことは残念である。一方で、周りのひとの努力でこういう問題が明るみになり、正しい方向に向かったことは頼もしいことでもある。いずれはランセットにまつわる良い話も紹介する。

さて、BMJである。

BMJがここ最近熱心に打ち出している内容に利益の相反(Conflict of Interst)という概念がある。BMJだけでなく、英国医療界全体にもいえることである。これは診療ガバナンスの動きにも重なってくるが、「利害関係」とも言えるだろうか。

臨床研究する際には研究のすべての段階で出来るだけ客観性を保つことが求められる。これは自然科学の根本である。いろいろ議論はあるにせよ、客観性の強い事実の方が信用できるのは事実である。

この際、研究の内容だけでなく、研究者自身にも踏み込んだのが、利益の相反という概念である。端的に言えば、ある薬剤の効果に関する研究で、研究の内容がいかに客観的にされていても、その研究者がその薬剤を作っている製薬会社から研究費を得ていたら、その事実はその研究結果を理解するうえで重要な要素の一つになる、ということである。

最近は、医療や保健に関する活動で少しでも公的な要素があれば、この利益の相反に関して強く問われる。BMJは自ら果たしてこの利益の相反が研究結果に影響するかというような研究など(結果は影響するという結論である。)積極的にこの概念を浸透させるために熱心にしている。

BMJは英国の医療を照準にしているため、英国の医療システムや治療方針などに関しての情報も多いため、単に研究者が読むだけでなく、実際に臨床のみに携わっている医師や看護師、コメディカル、そしてジャーナリストなど、読者の層が広く、多いのも特徴である。ランセットよりもBMJを読むという人の方が多い。

BMJに関して言えば、もう一つ英国で働く医師にとって欠かせないのが、BMJ Careerである。これはBMJの姉妹雑誌で、医師や医学関係の求人雑誌である。インターネット版もある。(http://www.bmjcareers.com/index.php

英国医療サービス内での医師職のポストはすべてこのBMJ Careerに掲載することになっているため、多くの医師が日常的にこのサイトを見て、仕事探しをしている。英国内だけでなく、オーストラリアやニュージランドなど旧英連邦内の仕事も多く載っている。毎週木曜日に更新なので、木曜日にアクセスすると極端に遅くなる・・・。

研修医も中級専門医も、医療系研究職も、自分の最後の仕事場が決まるまで、BMJ Careerを目を皿のようにしていいポストを探しては応募する、という繰り返しである。私もしばらく一年契約の仕事を続けていた時期には、常に仕事をしながら次の仕事を探していたような気がする。


(既出・日経メディカルオンライン・禁無断転載)

2008年2月21日木曜日

英国の学会

医師は二種類に分けられることは、ご存知の方も多いと思う。内科医と外科医である。もともとの袂が違うため、この二種類の医師にはいまでも大きく違う点がある。

英国で医学校を修了するとMBBSという称号をもらうことになる。これはBachelor of Medicine / Bachelor of Surgeryの略である。日本語で言えば「内科学士・外科学士」とも言うべきであろうか。すなわち内科と外科は学位で区別するぐらい違うものなのである。

呼び方も違う。内科系の医師はDr○○と呼ぶが、外科系の医師はMr/Miss○○と呼ぶのが慣わしである。Drが付くからといって内科が偉いわけではない。外科系医師たちはMr○○と呼ばれることに誇りを感じるのである。

一般の方にはその違いが分からないかもしれない。端的な違いは「手術をするかしないか」である。英国では単なる医師ではなく、内科系(内科、小児科、家庭医など)で確固として自分の専門を確立した医師をPhysicianと呼び、外科医(Surgeon)と区別する。

それでも英国では伝統的にPhysicianが一般的な医師像の代表である。このためPhysicianたちの集まり(学会)であるRoyal College of Physicians(王立内科医協会)は英国でも別格である。この王立内科医協会は国王ヘンリー8世により1518年に創設された。

英国にも学会は数多く存在する。中でも昔ながら続いている学会や規模の大きい学会は英王室のメンバーがパトロンとして就くため、ロイヤル・カレッジ(Royal College)と呼ぶ。

日本では内科学会と小児科学会は別物であるが、英国の王立内科医協会は10年前まで内科医と小児科医の集まりであった。10年前より小児科のみが独立して別の学会、王立小児保健協会(Royal College of Paediatrics and Child Health)という学会を作った。

カレッジと聞くと大学と思われるかもしれない。英国の学会は大学ではないし、正式には完全に私的な団体(慈善団体)である。しかしながら、大学に順ずるような役割を担っている。たとえば内科学会の正式会員になるとMRCP (Member of Royal College of Physicians)という称号が与えられ、特別会員(フェロー)になるとFRCP (Fellow of )という称号が付き、学会内でも特別扱いである。

当然ながら会員になるのは簡単ではない。普通の会員になるためには卒業後のインターンと研修期間を修了し、難しい専門医の試験を通らなければならない。ただし、専門医の試験に通り、会員になったからと言って専門医になれるわけではない。前にも書いたが、会員になってようやくその専門の研修を受けさせてもらえるようになるだけである。

会員になってから規定の研修ポスト(ポストの数は限られる)で一定期間(最低5年)研修を受け、その研修を指導した医師のお墨付きをもらってはじめてコンサルタントという職に付くことが出来る。英国内でこのコンサルタントの職を5年以上すれば、特別会員に推薦してもらえる。ここで本当の意味での「専門医」として確立するわけである。

称号を与えると言う意味で大学に近い存在であるが、さらに大学と同じように、MRCPやFRCPになるとそれぞれの段階に応じて、正式な角帽・ガウンも着ることができ、学会の儀式では着用することになっている。添付の写真は学会のものではないが筆者がロンドン大学熱帯医学公衆衛生学大学院での学位を頂いたときの帽子とガウンである。

この学会の会長(president)になると自動的に称号はPRCP(President of)に変わり、正式な儀式では例のガウン・帽子とともに、金色の大きな鍵を身につける。

学会はどこも大きな建物を持っているし、どこもロンドンにある由緒のある建物を利用しているので古くて美しいと言うのが相場である。(実は内科学会の建物は新しい現代風の建物であるが。)たいていの学会の建物内には歴代の学会長の肖像が掲げられている。会議をするときなどは先人達に睨まれている気になったり、守られている気になったり、と不思議である。

学会員はこういった建物を利用することが出来るが、当然ながらただの会員と特別会員では使えるものが違う・・・。

英国の学会はこのような古めかしい伝統に支えられているのも事実だが、長く続いてきたのは、時代に応じてしっかりと変化してきたから、ということも言える。

どこの学会にもClincial Effectiveness Unitという部門を持つ。ここの部門はその領域における世界中のガイドラインや系統的レビューの情報を入れながら、こういったものが自国で使えるかどうかの評価をしたり、学会でガイドラインや勧告、政策案などを出す場合の臨床疫学的(科学的根拠に基づく医療)な根拠を作っていたり、整理していたりする。

もう一つ大きな部門は教育部門である。もちろん専門医試験など、国内向けのものもあるのだが、外国人のための部門もある。図書館をもつ学会も多い。

伝統を保ちながら、必要なところは変えていく、といったところであろうか。実は上に掲げた専門医に関わることや、勧告など外向けの部分は案外現代的であるが、その大きな組織の奥に入っていけば行くほど、魔物のような伝統が待ち構えている。不思議なところである。

(既出・日経メディカルオンライン・禁無断転載)

2008年2月16日土曜日

英国医師会

 英国医師会(BMA: British Medical Association)は、例の7月に起きたロンドン地下鉄・バス同時爆破テロ事件で一躍有名になったので、BMA ハウスと呼ばれるその建物をニュースでご覧になった方もいるかもしれない。30番のバスがBMAハウスの目の前で爆発したので、中で会議中だった医師たちが目の前の公園で救命処置をした、という話である。直後にはバスの破片や血糊がこびりついていた建物だが、今ではすっかり元の状態に戻っている。

 余談だが、BMAハウスは歴史的建造物に指定されていて由緒もあり、施設も整っているので、結婚式まで受けている。外からは見えないがきれいな中庭もある。建物は違うが文豪チャールズ・ディケンズが住んでいた場所に建てられている。

 英国医師会は医師の労働組合である。そのため、医師たちの意見を集約して、政治的に働きかけるという役割もある。英国社会の中でもその発言力は無視できない存在である。

労働組合だからと言って英国で働く医師、みんながみんな入会しているわけではない。入会している医師の多くはコンサルタントと呼ばれる上位の医師たちと、家庭医たちというのが通例である。このあたり日本の医師会と似ているかもしれない。現在では無視できない存在になっている外国人部隊の医師たちはあまり入会していない。

英国で新たに医師登録する医師たちは年に1万5000人ほどである。このうち英国本国出身者は5000人で残りのほぼ1万人は海外からの医師である。出身国はインド4000人、パキスタン1000人、ドイツ700人と続く。英国で毎年医学校を卒業するのは毎年8000人に満たない。実はこの医学生の中に外国人や移民の二世、三世の割合もかなり高い。外国人医師がいなければ英国医療は成り立たないと言うわけである。

このように英国で働く医師の中で外国人の存在は大きくなりつつあるが、医師を代表する組合である医師会に参加するのは上位の本国出身者が多いため、英国医師会が政治に働きかけをする際、外国人に不利に働くようになることも多い。

なにもこれは英国医師会が外国人医師の入会を制限しているわけではなく、単に入会のメリットがさほど無いだけである。会員費は年間約7万円余りであるが、医師会の発行する雑誌であるBMJが送られてくる以外は、医師の職業保険や職業上の相談に乗ってくれたりするが、実際にはみな保険は個人で入っているし、BMJもほとんどの病院の図書館にあるうえに、今では無料でインターネット上で閲覧できる。

こんな訳だから、自然と懐に余裕があり、仕事の範囲に運営など政治や組織がらみのことが含まれるコンサルタントや家庭医たちが多くなるわけである。

会員の構成が実際の現場を反映していないため、上記のように少し偏った働きかけをしている例も見られるが、もちろん、医師の職業倫理や、医師の評価など、権利を主張するだけでなく、医師の質の向上にも取り組んでいる。このため、一般には医師会は偏っていると言う意見もある一方で、一目置かれる存在でもある。

最近熱心に行っているのがタバコに関してで、レストランなどでタバコを禁止にする件などでもいろいろ強い働きかけをしている。

 実はこれには長い歴史がある。タバコを吸うと肺がんになる確率が高くなることは今では常識のようなことだが、これを臨床研究ではじめて証明したのがBritish Doctors Studyと呼ばれる有名な疫学研究である。

これは1951年に始まって、つい最近まで続いていた息の長い研究で、1951年に英国医師会の会員であった男性医師すべてに質問表が送られ、結局はその3分の2(約3万5000人)が参加した。タバコを吸う医師と吸わない医師で肺がんや心臓の病気で死亡する確率を長期に観察し、さまざまな統計処理をした上で、肺がんや心筋梗塞をはじめ、様々な病気がタバコと直接関係があることを示した。英国医師会の会員医師は海外に行ってしまう可能性が低いのでちゃんと長期に観察できる可能性が高いことと、回答率が高いのではという期待などから医師が選ばれたらしい。

 最近のもう一つ大きな変化は医師の再評価(revalidation)である。これは医師会とは別の、GMC(General Medical Council)と呼ばれる医師の登録などを請け負う組織が担当している。簡単に言えば医師免許を最初に許可したらそのままというのではなく、医師の技量や知識を継続的に再評価していくというシステムである。

ただ、このシステムは今年の(2005年)4月に導入予定だったのが、すったもんだの挙句、医師会が内容の変更を求めたために、現在導入が延期されている。内容が固まったらまた改めて報告する。

(既出・日経メディカルオンライン・禁無断転載)

2008年2月4日月曜日

フライング・ドクター

オーストラリアでの医師としての経験でいまだに自分の心に強く残っているのは、フライング・ドクターの経験である。小さな飛行機からみる、どこまでも続く赤土の大地は、言葉の意味を失わせる体験である。

オーストラリアのフライング・ドクター(www.flyingdoctor.net)の歴史は元をたどればオーストラリアの歴史より長い。正式にはRoyal Flying Doctors Service of Australia (RFDS)という。建国以前、まだ英国の領土であった時代に、都市部から遠く離れた農場で働く人たちが落馬して骨を折ったとか、毒蛇に咬まれた(大きい農場には血清などは保存してある)とか、急な病気などの場合に、医師を乗せた飛行機が現場に急行し、病院に搬送する、という形で始まった。

何しろ、一番大きな農場は広島県より大きいという国柄である。どこの町や村に行っても舗装はされてなくても滑走路はある。ちなみに、どこの町に行ってもあるのがパブと教会とクリケット・グラウンドである。

新生児科医の大きな仕事の一つに、状態の悪い赤ちゃんを別の病院から搬送することがある。新生児医療というものはどこの病院でもできる類のものではなく、設備や人的資源が特殊になるため、一部の限られた病院でしか提供できない。ところが、「出産」というのはどこの病院でも、はたまた自宅でもあり得ることである。そうすると自然に、状態の悪化した赤ちゃんをより大きい病院に搬送する機会が増えるわけである。

ニュー・サウス・ウェールズ州などのように人口の多い州は、この新生児搬送用の飛行機を所有しているが、私の働いていた南オーストラリア州はそこまで人口も多くなく(人口せいぜい100〜200万人で日本の約3倍以上の州土)、フライング・ドクターと提携して新生児搬送を行っていた。

数え切れないぐらいの搬送をこなしたが、いまだに覚えているものも幾つかある。南オーストラリア州では北部準州も守備範囲になるため、オーストラリアの真ん中にあるアリス・スプリングスという町(エアーズ・ロックに近い)にも3回ほど飛んだ。往復で12時間かかったこともあった。

海辺の小さい町に飛んだときには、搬送元から体長1メートル近いクレイ・フィッシュ(ザリガニ)を戴いたこともある。飛行機の翼(自然の冷蔵庫)に入れて持ち帰り、さっそくBBQ(バーベキュー)で頂いた。

近辺の町であれば、ヘリコプターで行くことも多い。ヘリコプターの中で新年を迎えた年もあった。ヘリコプターの場合はどこの町にもあるクリケット・グラウンドがヘリポートとなる。ヘリコプターから眺めるアデレード市の夜景は絶品である。

この新生児搬送の体験で、2つ伝えたいことがある。

1つは、この搬送でいつも驚いたのが、搬送元の医療レベルの高さと標準化である。どんなに小さな病院に行っても、初期医療は標準化された形にのっとって行われており、挿管や点滴、抗生剤の種類、量、蘇生の手順など、州内はほぼ統一化された形になっていた。これは英国でも見られない、オーストラリア医療の隠れたすばらしい業績である。集中医療ではベストの治療方針というのは「治療方針を変えないこと」ということもよくあり、州内の最も大きい病院での治療方針にのっとって行われているため、あれだけ広い国土にもかかわらず、全体として高いレベルで標準化が実現しているのである。

もう1つはお母さんの搬送である。日本でも英国でも救急車の収容人数と言うこともあり、生まれたての赤ちゃんの状態が悪化すると、その赤ちゃんだけを搬送し、お母さんは分娩した場所に取り残されることになる。しかし、オーストラリアではお母さんと赤ちゃんはまだ一体であるという考え方の基に、救急車をもう1台手配してでも同時に2人とも搬送するのである。これは後々のお母さんと赤ちゃんの関係に大きく影響しないわけがない。私は現在ロンドンの新生児搬送医療にも関与しているが、ロンドンでもこういう形になるように現在努力中である。

オーストラリアの医療は、日本ではあまり注目されていない。しかし、最新の研究とか、最先端の機器とかいうのではなく、実際の医療のレベルを全体的に標準化しつつ上げていくということに関しては、とてもよくできている。そしてこういった派手に見えないけれど着実な努力を要することも、よりよい医療サービスを提供する上でとても重要なことである。

(既出・日経メディカルオンライン・一部改編・禁無断転載)