2009年1月29日木曜日

英国における医学教育の課題と展望


卒前教育(入学から卒業までのカリキュラム、1学年人数、医学部数など)

英国では中等教育修了の18歳時に、統一試験があり、その結果と面接、その他の書類審査により、医学校の入学が決まる。医学校は通常の場合最低5年間であるが、インペリアル・カレッジ、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学などは科学学士(BSc)も兼ねたIntercalated courseが通常であり、こういったコースは6年間である。また、中等教育時に理系科目を取っていなかった場合のための準備コースが設置してある大学もある。最近、増えているのが、いわゆる学士入学の制度である。他の分野の学士取得後、聖ジョージ医学校やレスター大学のように社会経験後に医学校入学を認めており、この場合最低4年間必要である。

入学後のカリキュラムは大きく分けて二つある。一つは伝統的なコースでオックスフォード大学やケンブリッジ大学で見られる。もう一つは複合的なコースでリバプール大学やインペリアル・カレッジなどが挙げられる。伝統的なコースでは二年間の基礎医学学習後、3年間の臨床医学の学習および臨床実習となる。複合的なコースでは臓器別に基礎医学から臨床医学、病棟実習に至るまでを連続的に5年間で学ぶ。比較的新しいペニンスラ大学などでは、さらに他の学部とも相互に組み合わされて学ぶようなコースもできている。

一学年あたりの学生数は大学によってばらつきはある。正確な人数は把握できないが、2005年の合格者数で見ると(表)、71名から598名まで、日本よりも概ね多い。この人数は実際の入学者数よりは約一割から二割多いと推定される。医学校は昨今の保健制度改革によって新設された4校を含んで、31校となっている。全国の医学校入学者数は2003年で6030名となり、1999年より毎年10%ずつ増加させ、目標を前倒しして実現している。学士入学者数は毎年500人から600人となっている。

入学が許された学生の社会背景を検討すると、社会経済指標の高いカテゴリー1(プロフェッショナル)に属する家庭からが約40%と相変わらず高く、この5年を通じて大きな変化はない。男女比で見ると概ね女性のほうが多い。

国家試験(医師免許制度)

英国では国内の医学校卒業により、自動的にGMCに仮医師登録をすることができ、後述の一般臨床研修の一年間を修了すると本免許に切り替えが可能となる。いわゆる医師国家試験は無い。これは、海外のいくつかの医学校卒業生にも適応される。(オーストラリアや香港のいくつかの医学校)

それ以外の医学校の卒業生はたとえ英国籍を持っていても医師統一試験を受けることになる。これはPLAB(Professional and Linguistic Assessment Board)と呼ばれる。この試験はWHO認定の医学校の卒業生なら誰でも受けられる。ただし、このPLAB試験を受けるためにはIELTSという英連邦で使われている英語の試験で一定の点数を確保できていなければいけない。

PLABの試験には二段階ある。第一段階の試験は英国以外の国でも受けられ、選択式と空欄式の問題が含まれている、基本的知識を問う試験である。第二段階はObjective Structured Clinical Examination (OSCE)方式の実技試験である。

臨床研修

臨床研修には三段階ある。初期臨床研修は本年度よりFoundation Year1と呼ばれるようになり、すべての医師に義務化されている。内科、外科の基本的な臨床の知識・技術を習得する。家庭医の研修も可能である。この一年間を修了するとGMCに医師としての本登録ができる。

キャリアパス(卒後研修、専門医コースなど)

卒後の研修は選ぶ科により違うが、大きく分けて、病院専門医となる道と、一般家庭医となる道に分かれる。医師本登録後、2-3年の一般研修期間があり、SHO(Senior House Officer)と呼ばれる。この間に自分の専門の方向性を決めるのが通常である。

専門に進むにあたって、学んでおきたい科の学習をするのがこの時期である。たとえば、麻酔蘇生科に進みたい場合に内科や外科の研修を一定期間しておいたり、小児科に進みたい場合に産婦人科の研修を一定期間しておく。専門によりどの分野のものをどれくらい期間最低しておくという決まりがある。

この一般研修期間の間に自分の進みたい科の専門医試験に受からなければ、専門医になるための研修に進むことは通常許されない。研修修了後、到達度を試験する日本と研修を始めるための知識を試験する英国で対照的である。

その後各専門医研修制度は各学会により決められている。ただし、病院専門医の場合、各学会共同でできた組織PMETB(後述)のCCSTという認定制度がある。専門研修に進み、定められた研修ポストで4-5年以上の研修を済ませると、CCSTという資格が認定され、NHSのコンサルタント職に就くことが可能となる。

NHSにおける人材育成戦略(GPの生涯教育、GP数制限など)

一般家庭医の契約は各地域に存在するプライマリーケア・トラストが担っている。各プライマリーケア・トラストの保持している家庭医の枠は一定であるが、現行の保健医療改革を受けて家庭医あるいは、家庭医の研修用ポストを増やしている。一般家庭医を増やすための国の政策として、以下のようなものが推進されている

Golden Hello:新規に一般家庭医がポジションを取得した場合、給料が一定額補助される。
GP Flexible Career Scheme (FCS):パート・タイムの家庭医を長期で雇用した場合にトラストに補助金が下りる。
GP Returners:家庭医が仕事復帰する際に無料で研修コースが提供され、給料が定額確保される。
Improving Premises:家庭医の診療所を改善するための予算が確保された。
Childcare help for GPs:NHSの託児所に子どもを預ける場合は税金控除となり、NHS以外の託児所に預けたい場合はコーディネーターが探してくれる。
Improving Working Lives (IWL) standard:家庭医を含めたスタッフのQOLを改善するためのスタンダードが決められた。
Occupational Health Services:NHSの職業保健のサービスが全体に改善された。
The NHS zero tolerance zone campaign:家庭医を含めたスタッフに対する暴力に対して、予防や対策のための方策が強化された。

一般家庭医の生涯教育はNHSなどの補助を受けて、王立家庭医協会(Royal College of General Practitioners)が担っている。様々な生涯教育コースが用意されており、公衆衛生系の修士を取る場合などもある。最近では王立家庭医協会により、家庭医の生涯教育のための遠隔講座が始まっている。

医師育成のStakeholders(省庁間の調整など)

医師育成に関わる主要な利害関係者はDoH、NHS、GMC、BMA、Royal Colleges、PMETBなどがある。医学校の管轄に関しては以前は教育省であったが、保健省と大きく重なるため、医師登録を担ってきたGMC (General Medical Council)に委譲された。(Tomorrow’s Doctor)一方で、英国の医師の組合組織である、英国医師会BMA (British Medical Council)も、時にGMCやDoHに反対しながら大きな影響力を及ぼしている。ただし、各専門医育成に関しては、各専門の王立協会(Royal Colleges)が大きな権限を持ち、専門医師団体としてClinical Effectiveness Unitなどを学会内に置き、生涯教育も含めて、責任を担っている。ただし、各学会を結んで、専門医レベルを一定の基準とするため、学会などが集まってPMETB (Postgraduate Medical Education and Training Board 旧STA: Specialist Training Authority of the Medical Royal Colleges)という組織が作られ、コンサルタント職に就くためのCCSTという資格認定は学会ではなく、PMETBに権限が委譲され、客観性を保っている。

そのほか(本音?)

英国の医学教育を考慮する上では他の医療系職種の動向の関与を無視できない。コスト的なこともあり、Nursing Practitionerを大きく推進し、医師の役割を、管理職として大きくシフトさせ、実働部分を特別教育させた看護師と、外国人の割合の高い専門研修医に任せる傾向がある。これに連動した形で根拠に基づく医療の推進、そして、診療ガイドラインの作成(NICE)という動きが背景にある。
医学教育そのものは、インペリアル・カレッジのように、大学評価が医学研究によってされる背景と、上記のように医師を科学的根拠作成側、もしくは管理職としてシフトさせるという方向から、医学研究者の医師養成という色が強くなっており、臨床医の中には憂う声も大きい。さらには、レスター大学のように、患者さんを含める教育はタイミングに左右されたり、医学生に不平等を生むという理由で、遠隔講座が併用されたりという傾向も強い。遠隔講座に限らずインターネットやマルチメディアが教育・診療にかな活用されいる。これはコスト削減ということもあるが、教育効果が高いことも理由となっている。問題指向型教育では講師の「教師としての魅力による熱い授業」が失われる傾向にあり、昨今の問題指向型教育への偏重を問題視する声も大きい。学士入学を受け入れている現場では、社会経験のある学士入学生と、若い通常の医学生では求めるものなどが大きく違うため、混ぜて教育する場合の困難さも教師の間ではささやかれている。

資料

Becoming a doctor BMA
英国医師会による医師になりたい学生向けのパンフレット。キャリアパスが分かりやすく説明されている。
Tomorrow’s doctor GMC
医学校の評価や標準化を担っているGMCによる、医学卒前教育のスタンダードが書かれている。
The New Doctor GMC
GMCにより出された、一般臨床初期研修のスタンダードが示されている。
Principles of good medical education and training PMETB
卒後教育の標準化を担うPMETBにより出された、卒後の医学専門教育・研修についてのスタンダード。
Undergraduate Syllabuses_2005–06 Imperial College Medical School
インペリアル・カレッジの医学学士課程の課程案内。
A GP recruitment and retention primer NHS Alliance
NHSの現在の家庭医に関する人材確保に関する覚書。
Medical Schools: Delivering the Doctors of the Future DoH
保健省による医学校の現状と、医療保健改革による変化と将来に関する政策の説明。

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