救急患者さんのたらいまわし、産科医・小児科医をはじめ病院勤務医の不足、医療過誤や医療訴訟など、現在の日本医療は危機に直面している。最近の新聞報道を見ていても、医療従事者として病院の中から見ていても、これは現実の問題であり、対症療法ではなく根本的な治療法を考えない限り、解決できない。
上記の問題はすべて共通している問題が一つある。それは医師の相対的不足である。「相対的」と書いたのには理由がある。私はオーストラリア・英国の病院で7年間小児科医として働いてきた。日本の病院には決定的な問題がある。それは一つの病院で勤務する医師の数が絶対的に少ないこと、言い換えれば病院の平均的規模が明らかに小さいのである。
たとえば日本では小児科を標榜する病院は全国で約4000ある。この病院一つあたりで働く小児科医数は平均で1-2名である。英国の人口は日本の約半分であるが、小児科の病院がある数は全国で200である。英国の病院一つあたりで働く小児科医数は平均で約20名である。
病院規模が小さいことは悪いことだろうか?
三点考えることがある、一点目は医療の質と安全、二点目が医療資源と効率、三点目が医療従事者の勤務状況である。
病院規模が大きければ大きいほど、治療成績が良いことは容易に想像できる。もちろん個々の医療従事者の技術などに左右される要因は大きいが、ほかの条件がみな同じであれば、病院規模が大きいことは病院としての経験症例数も多くなるし、設備なども最新にものをそろえやすい。実際に、さまざまな調査結果でも概ねこういう傾向がある。ひとつの標榜科あたりの医師の数が増えるのもよいことである。たとえば小児科の中の専門領域というのは20以上ある。たとえば小児の心臓の専門、小児の救急の専門、小児の腎臓の専門など、昨今はこのような専門をそれぞれの専門家が追及して分業制にしていかないと専門知識は間に合わない時代になっている。病院の規模が大きいことでさまざまな病気に幅広く対応できる。
医療資源が効率良く配置できることも容易に想像できる。MRIなどの大規模で高価な医療機器があるが、とうぜん病院規模が大きいことで、効率よくこういう資源を活用でき、これは常に新しい機器を購入していくことも含んでいる。この「資源」は設備だけではなく、医師や看護師などの医療従事者も含めた話である。
病院が小さければ当然医師や看護師が数人減少しただけで大打撃である。女性の医師が出産・育児休暇をとるとなっても大変である。小児科医が二人しかいなければ、夜間の小児の救急患者さんはほかの専門科の医師に支援してもらうか、二日に一日は夜を担当することになる。
こう考えると、単純に「病院は規模が大きければ大きいほどよい」ということになってしまう。しかしながらことはそう単純ではない。
日本全体の医療従事者の数や医療費は限られるから、一つ一つの病院規模を大きくするとなると、病院の数が減ることになる。病院の数が減ると、患者さんが病院に行くまでの距離が相対的に長くなる。これには二つの問題がある。
一つが、普段のかかりつけ医にかかる際に通院時間が延びることである。患者さんというのはもちろん病気や病気の疑いがある方がほとんどなわけで、ほんのちょっと通院時間が延びるだけで大変である。これは大問題である。
もう一つが救急搬送の時間が延びる可能性があることである。かかりつけ医にかかる時間が延びるのは「不便さ」の問題だが、救急搬送の時間が延びるのは命にかかわる問題である。私の行った研究でも新生児の搬送時間が一時間をこえる場合には明らかに死亡率が上がっている。
こういう状況の中、昨今の搬送たらい回しや、勤務医不足の問題を解決しなければいけない。そこで考えられる解決策は非常に限られている。
医師をはじめ医療従事者が不足しているから増やせ、という専門家もいるが、それも一考である。ただし、医学部の入学人数を増やしても、医学部に入学するものが医師として自立するには10年はかかる。問題はそれほど悠長に構えていられない。外国人医師を輸入してはという議論があるが、これもよい方向性だと思うが、日本人の中にある外国人への差別意識と、法的な根拠を作っていくことを考えると時間がかかる解決策である。そもそも上記の日本と英国の小児科医数比較を見ても、人口あたりでの小児科医数は英国も日本もさほど変わらないことは注目できる。ちなみにこういうと「医療崩壊している英国に習う必要はない」という向きもあるが、実際に英国で小児科医として働いてきた私の目から見ると英国医療の問題点はまったく別の次元の問題である。
自分たちの住んでいる地域をよく観察してほしい。病院の数が多すぎる地域はないだろうか。実際、大都市でも地方としても都市部ではすぐ隣の総合病院が並んでいたりと病院が過剰になっている。過疎の地域では逆に病院が閉鎖になったりと上記の医療崩壊の影響をじかに受けている。
こうなると解決策は明らかである。交通事情・地理事情を考慮して、病院の数を整理し、統廃合を行い、過疎の地域では逆に手厚く資源を増やす、という手法が必要である。実施には病院の運営母体が違うためこれが難しい。
日本小児科学会では、「小児医療供給体制改革」と銘打って、病院小児科の役割分担を進めている。これは病院小児科を「地域小児科センター病院」と「外来型病院小児科」にわける。外来型病院小児科では、小児科の入院をやめ、外来のみの診療を続ける。このことにより「かかりつけ」がこのような病院であっても、そのままかわらず受診できるわけである。入院機能がないことで必要な医師の数は大幅に減り、そのあまった小児科医師を地域小児科センター病院へ異動していただく。地域小児科センター病院では地域の小児科の入院例をすべて受け入れ、全般的に子供たちが安心して入院できる環境整備、たとえば病院保育士や子供に配慮した病床・設備に投資できるようにするわけである。もちろんこの「地域小児科センター病院」の認定には地理的な要因を考慮することが大事で、日本中に住んでいるすべての子供たちが一時間以内に受診できる位置に配置することになる。実際に、日本小児科学会ではこのシュミレーションを行っており、現実的な解決策として認められている。ただし、完全に現実化するためには、「認定された地域小児科センター病院」に金銭的なインセンティヴをつけるという最後の行政にひと押しが必要な状態である。このことにより、上記の医療供給体制の改革が自然に進むことができる。
この改革により、患者さん側に大きな変化はあるだろうか。普段のかかりつけ医は変わらず存続するため、変わらないが、入院を必要とする場合には以前は近くの病院でできていたのが、ちょっと遠く(最大一時間ぐらいの距離)に入院する必要がある。ただし、この入院する病院は以前入院していた病院よりも医療レベルは上がっているはずで、なおかつ子供の療養環境や家族へのサポートは充実しているはずなので、普段の風邪なら近くの便利なお医者さんで、入院するぐらい重い病気ならちゃんとした病院で診てもらいたい、というのが通常ではないかと思う。
医療従事者にとってはどうだろうか。「外来型病院小児科」に勤務する医療従事者にとっては入院診療がなくなるため、負担が軽くなり、医師はより「かかりつけの小児科医」としてその専門に特化した手厚い診療を行うことができる。「地域小児科センター病院」に勤務する医療従事者は、病院が巨大化するため、業務が増えても人員が増えるため効率よく対処できる状態を作ることができる。
では救急搬送をする側や開業医にとってはどうだろうか。以前なら、近くの病院から患者の受け入れ先を当たっていたが、この改革により、紹介先の病院がすこし遠くなってしまうかもしれない。しかしながら、紹介先の「地域小児科センター」は地域のセンタであって患者の入院を断ることは減らせられるはずである。近いところから断られた末に遠いところに見つけるよりも、確実に受け入れてくれる病院があるというのは結局は搬送時間を短くするはずである。また心肺停止状態など危急の状態では、一番近くの病院で救急処置をしたのち、入院はセンター病院に言うということになる。以前なら救急処置をすると入院まで受け入れざるを得なかったが、センター病院で受け入れてくれるという安心感があれば、「救急処置をするだけなら」と一番近くの病院でも引き受けてくれる可能性は高い。
このように、昨今の医療崩壊を食い止めるには、全体の医療システムを俯瞰的に見て、それぞれのメリットとデメリットを考慮した上で、「役割分担」をし、財政的な支援をこのような目に見えて改善する方向で効率よくおこなう必要がある。
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